理想のキッチンの実現が一番難しいのは、一人暮らしの場合である。もちろん、お金があれば設備が充実したキッチンを手に入れることはできる。

しかし、一人暮らしの部屋は、「若者が結婚までの数年間をしのげればいい」、「そもそも料理なんてほとんどしないだろう」、という先入観で設計されているものが多過ぎる。私も20代後半に一人暮らしをした際、電熱調理器が1口のキッチンをいくつも内見したし、選んだ部屋もコンロを置いたら調理スペースがゼロになるキッチンしかなかったので、コンロ置台を追加した。

今回はそうした一人暮らしの賃貸物件のキッチンについて語ってもらおうと、以前アトリエを探していたスープ作家の有賀薫さんと、最近実家から独立した世界の台所探検家の岡根谷実里さんに対談してもらった。

クックパッド本社の会議室で、これからのキッチンについての提言も含め、幅広い話題で盛り上がった議論をお伝えする。全貌を知りたい方は、4分割したユーチューブ動画でご覧ください。

画一的で手狭な賃貸のキッチン

阿古:まず、お2人が部屋探しを始めたきっかけを教えてください。有賀さんからお願いします。

有賀:私がキッチンを探したのは、デビュー2年目の2018年です。本がヒットしたこともあって、仕事がたくさん来るようになっていました。私が住む分譲マンションの部屋は、キッチンが奥まった場所にあって小さく、撮影がしづらかったんです。それでスタジオにするつもりで、一人暮らし用の物件探しを始めました。

岡根谷:私は独立するための部屋探しをしたのですが、ちゃんと探し始めたのは今年の1月。コロナの影響で家で仕事する時間ができましたし、親と四六時中一緒にいるのでは刺激もない。もう少し自分の思い通りになるキッチンが欲しい、と考えたのがきっかけです。

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有賀薫さん:『スープ・レッスン』(プレジデント社)や『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)などのレシピ本や、エッセイ集『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)を出し、『きょうの料理』(NHK)その他で活躍する人気作家

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岡根谷実里さん:『世界はほしいモノにあふれている』(NHK)で紹介されたのち多方面で活躍、『世界の台所探検』(青幻舎)を執筆し、絵本の『世界の市場』(河出書房新社)の翻訳などを担当、世界各地の台所訪問を通して食文化を考察する台所探検家

阿古:出合った物件はどんなものでしたか?

有賀:インターネットでかなり資料は見たんですが、内見に至ったのは2、3軒です。スタジオなので、料理を置く場所も必要で日当たりも無視できない。そして人が来るので、都心からのアクセスの良さも条件に入れました。
ところが、予算内のキッチンは本当に狭かったり、窓から一番遠い場所にある、コンロが1口で調理台がちょっとしかないかまったく取れない、シンクも小さい、といったものばかりでした。息子が愛知県で一人暮らしをしているのですが、シンクの上にまな板を載せて調理していました。また、作業台が何とか取れるキッチンでも、オーブンや電子レンジを置く場所まではないんですよ。
面白かったのは、ワンルームの真ん中にキッチンがあった部屋です。広さもあったし、おしゃれな感じの写真だったんですが、小さなクローゼット一つしか収納がない。
キッチンには、収納場所が必要でしょう。私の場合は鍋の数も多いし、食品を入れる押入れもないとなると、踏み切れませんでした。あえて借りるのなら、納得できる部屋が欲しかった……。

岡根谷:住まいがある中で、追加で家賃を払うなら、という感じですよね。

有賀:そうそう。理想が自分の中でどんどん高くなったのかなと思います。

岡根谷:私の場合は、住むところでもあるので、寒がりの私でも寒くないことが一番の条件でした。そして都心からのアクセスが悪くないこと。実家ではできないこと、と考えたときに求めたのは、人を呼んで食事や料理を楽しめる空間でした。ですから、キッチンはそれなりに充実していて欲しかった。
部屋探しにあたり、一人暮らしとシェアハウスの2パターンを考えました。一人暮らしなら思い通りにできるし好きに人を呼べる。一方、「一人で住んで楽しいのかな?」と思って考えたのが、シェアハウス。仕事柄、国際的な刺激も受けたいので、いろいろな国の人がいるシェアハウスがいいと思っていました。
ただ、キッチンは共有で自分のスペースもそんなにない。結局、一人暮らし物件は内見に至りませんでした。間取り図や内部の写真など、オンラインの情報を見ていて、まったくテンションが上がらなかったんです。

有賀:すごくわかります。

岡根谷:数年前から独立を考えていたのに、物件探しが今年の1月と遅かったのも、間取り図を見ているだけで「もういいや」となってしまったからです。予算内だと、調理台がほとんどないキッチンばかり。コンロも電熱調理器の1口や、2口コンロだけど縦置きとか。私は身長が低いので、縦置きの奥を使うと確実に火傷すると思いました。
廊下にキッチンがある部屋も多かったです。玄関から部屋に行く手前にキッチンがあるものも。1人で料理するだけなら困らないけれど、友だちを呼んで楽しくなるイメージがわかないんです。

阿古:結局、お2人とも一人暮らし用の部屋は借りなかったわけですが、どんなキッチンだったらよかったと思いますか?

有賀:実は最後に「これは」と思うキッチンに出合ったんです。長いカウンターがついたキッチンで、作りながら人と話をして料理を運べるイメージができた。予算の倍の家賃だけど投資のつもりで2年ぐらい借りよう、と思い切ったけれど、人気の物件だったため、フリーランスの私は審査で落ちてしまいました。

岡根谷:だんだん身の程に合わせていって、2口コンロでまな板が置ける作業台があり、コミュニケーションが取れる空間で探すようになりました。

阿古:本当は、人数ではなく、使う食材と料理の内容によって必要な空間があるので、1人だから狭くていいわけではないんですよね。

有賀:本当にそうですよね。1人暮らしだからキャベツが小さくなるわけではない。

岡根谷:カボチャはカボチャです。

時代と地域で変わっていく、生活空間でのキッチンの立ち位置

阿古:有賀さんが今までご覧になった一般の方のキッチンは、どのようなものがありましたか?

有賀:主婦歴が長いので、お友達の家はいろいろ行きました。賃貸の方はだいたい狭いし、うちのあたりだと1軒家は割と広いキッチンを持つ方が多いです。一人暮らしの人は、1口とか2口のギリギリの空間でやっている感じです。

阿古:岡根谷さんは、世界のどんな台所がステキだと思いましたか?

岡根谷:料理を通してコミュニケーションが取れたり、人が行き交う空間が好きだったので、そういう空間を自分の生活にインストールできたらと思いました。
この写真はスーダンの台所ですが、手前がリビングにつながり、向こうは外につながる。このおばあちゃんは、布団を運んでベッドを作ってしまった。外から友人がやってくるので、そこでコミュニケーションが生まれるんです。こちらのインドネシアの台所は、車座になっておしゃべりしながら野菜の下ごしらえをしています。どちらも、いろいろな人がやってくる台所です。

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スーダンの家庭のキッチン、勝手口に入ってすぐがキッチンになっており、訪ねてきた友人とのコミュニケーションの場となっている

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インドネシアの家庭のキッチン、コミュニケーションを取りながら野菜の下ごしらえを行っている

阿古:日本も昔は、井戸の周りにおばちゃんたちがザルを持ってきて野菜の下ごしらえをしていました。その替わり、おうちの台所は狭かったと思います。

岡根谷:台所が開かれて、おうちの外にもう一個台所がある感じだったんですね。この間行ってきたばかりのフィンランドは、調理台の後ろにも作業台があるコの字型で、オーブンから出したものを置いていました。向こうにダイニングがあり、会話ができます。こういう空間だと、調理台をお母さんが、作業台を娘さんが使い、お父さんが犬のご飯を作ったりしても大丈夫。ベトナムでは、食事用の台が作業台にも変わりました。テーブルが作業台になっている国は、ちょこちょこありました。

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フィンランドのキッチン、キッチンの他にも作業台があり、それぞれ並行して調理作業が進められる

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ベトナムのキッチン、食事用のダイニングテーブルを作業台としても利用する

有賀:私もリノベする前は、キッチンの調理台が39センチしかないので、出たところにあるダイニングテーブルでも作業しました。お菓子を作るので、あえて高めのテーブルにしてクッキーの生地を伸ばすなどの作業をしていました。

阿古:井戸端会議の次の時代は、キッチンは壁付が主流で、ダイニングテーブルで作業をやり子どもに手伝わせていました。

有賀:私も団地に住んでいた子ども時代に、母がダイニングテーブルに座って「絹さやの筋を取って」などと言われてやっていました。狭いからダイニングキッチンにお客さんを通すけれど、できれば見えないところで作業することを望んでいる。母も散らかった様子を見せることは嫌がって、「ここにロールカーテンがつかないかしら」とよく言っていました。
都市の生活では、人を呼ぶことがそんなにない。オープンだと油汚れやニオイが気になるし、人が入りやすいとホコリなども入り衛生面が気になります。その意味では、誰でも入れるオープンキッチンは、日常の作業をするキッチンと考え方が違うのかなと思います。

岡根谷:1人暮らしの場合、2人で料理する場面はすごく少ないと思いますが、1人で料理する場面も何回あるのかと思います。外食やテイクアウトなどもあり、料理しなくても生きていける状況でわざわざキッチンを求めるなら、ハレを重視するキッチンの選択肢があってもいいんじゃないでしょうか。

有賀:フードサービス経営者の稲田俊輔さんは、大学入学時に初めて1Kの部屋を借りたときに、ベッドつきのキッチンとして空間を使えばけっこう広い、と発想を切り替えたそうです。また、不動産内見のユーチューブチャンネル「ゆっくり不動産」やR不動産を見ていると、意外と面白いキッチンがあることが分かります。

岡根谷:それはメインストリームになるわけでもないけれど、そういう選択肢もあっていい。また、最近はキッチンが生活空間の真ん中に出てくる傾向があるそうです。

既製品を受け入れるだけではなく、理想のキッチンを夢想してみる

有賀:私は子どもの頃、おうちの模型を作る遊びに夢中でした。方眼紙に間取り図を描いて紙で壁を建てる。そのときに考えていたのが、実は理想のキッチンだったんだなと思いました。一人暮らしをしたときも結婚当初も、自分の空間があること自体がうれしかった。でも、いざ理想を問われると「私が欲しかったのは何だったんだろう」となります。
日本の既成のキッチンは不満解決型で、収納を増やすなどの機能は抜群にいいけど、夢がない。いろいろなキッチンを見たとはいっても、どれが誰のキッチンか思い出せないほど似たり寄ったりでした。パリのキッチンとかの写真や映像を見ると、カラフルに塗っていたり自分の手で不満を解決していこうとしています。

岡根谷:私もそう思います。フィンランド人は、棚やカーテン、まな板など、DIYで作ってしまいますもの。

有賀:メーカーの人たちの、なるべく快適に気持ちよく暮らせるように、という努力は間違いではないのですが、過保護になり過ぎて、使う人が工夫しようという気持ちがなくなってしまったところが、つまらない原因ではないでしょうか。その意味で、理想のキッチンを描くことはすごくいいことだと思います。
私は理想の物件が借りられなかったので、自宅をリノベーションしました。せっかく自由にできるのだから、自分の理想を追求するより、これからの暮らしに提案できるものを作ろう、と考えて95センチ角のIHコンロをつけ、水道管を通して下に食洗器、上に換気できる照明をつけて「ミングル」と名付けました。熱源を囲んで集う人が、四方から「私もやる」「僕もやる」と手を出せるようになった。食べて片づけるところまでコミュニケーションになるという意味では、原始的なキッチンかなと思います。

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有賀さんが自宅に作成した「ミングル」、四方からコミュニケーションを行いながら調理や食事が行える発想は前述した海外のキッチンに近そうだ

有賀:私は今、ミングルを各個室に入れた、ミングルアパートを作りたいと思っているんです。思い切り料理をしたいときには、アパート内に作ったシェアキッチンを使う。オーブンが10世帯にあるとして、常に稼働しているわけではないでしょう。そうした稼働率の低いものをシェアするんです。みんなが集えるキッチンと個別のミニキッチンを組み合わせれば、暮らしに沿うものができるのではと妄想しています。また、誰かと料理を作って食べる体験は重要だと思っているので、そういう場所を作る意味もあります。

食べるときも作るときも、キッチンは交流の場として機能する

阿古:岡根谷さんは、シェアハウスに住むことを結論に出されました。

岡根谷:私が今住んでいるのは、ボーダレス・ハウスという国際シェアハウスで、20~30代の外国人と日本人が半分ずつ16人で暮らしています。3口コンロ、シンク、冷蔵庫がそれぞれ2つずつあります。私物を入れるボックスの棚があり、真ん中にバーカウンターがあります。
写真には写っていませんが、手前にはダイニングもあります。調味料は棚の上にそれぞれが置いています。私は海外に行くなど移動が多い生活で、オーブンや冷蔵庫を買いそろえるのは抵抗があったので、シェアできてよかったと思います。
フランス人とデザートを作ったり、イタリア人とパスタを作って一緒に食べることもあれば、買ってきたお弁当を食べている人もいる。食の空間を共にするだけで、料理をしなくても会話が生まれるのはよかったと思います。

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シェアハウスのキッチン、入居者同士が共同作業や食事をしたり、コミュニケーションが発生することを意図しているのかもしれない

有賀:みんなが料理にプライオリティを置いているわけではない。でも、これから経済がシュリンクしたときに、生きるために力を寄せ合ってみんなで作ることも必要になるかもしれません。共同で購入したら安くつきます。だからミングルアパートなんです。

岡根谷:私はぜひ、入居したいです。

有賀:じゃあ、1人は入居者を確保できた。

阿古:話は尽きないですが、一人暮らしの物件探しの挫折にとどまらない、刺激的な未来を描く対談になったと思います。ありがとうございました。

コロナ禍で暮らしの大切さを実感した人はたくさんいるが、住まいにゆとりがない、近所に会話ができる人がいない、と痛感した人も多いのではないだろうか。ここ数年、リノベーションでキッチンを家の真ん中に大きく作る人が増えているが、それは、キッチンをコミュニケーションの場として求める人が多いからだろう。
地域の中にカフェなどたまり場があれば、地元に居場所ができて愛着も沸くということは、私も常々考えてきたが、2人の話を聞くと、もしかするとそれはシェアキッチンでも叶うのかもしれないと思った。そして、理想のキッチンは必ずしも所有するだけではない時代が来るのかもしれない。

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集合写真:作家 有賀薫さん、世界の台所探検家 岡根谷実里さん、著者 阿古真理(左から)

**プロフィール**
阿古 真理 
作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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対談のお相手
有賀 薫 さん note
岡根谷 実里 さん note

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。 noteYoutube