システムキッチン以外の選択肢

「私、あえて造作キッチンにリノベしたんですよ」と、最近一緒に仕事をしている編集者の至田玲子さんから聞き、すぐに取材を申し込んだ。
「料理は得意じゃないんです」と謙遜するが、私は料理にそれほど凝るわけではないので、逆に親近感を抱いた。

至田さんは、26歳から1人暮らしを始め、これまで3軒の賃貸住宅に暮らしてきた。レシピ本など実用書の編集経験が豊富で、子どもの頃からインテリア好き。
「古いモノが好き」でもあり、選んだ部屋は木立に囲まれた築60年の8階建てマンションにある。建築当初は高級マンションとして売られていて、「がっしりした印象が気に入った」と至田さんは話す。

リノベーションは、住宅を多く手掛ける堀部安嗣事務所を独立したばかりの渡邊文峰子さんと、パートナーの本間脩平さんの設計士コンビに依頼。
明るくするために1Kの壁を外しワンルームにした37㎡の部屋は、東南に面した窓から木立が見える。最近1人暮らし向けのおしゃれな部屋でときどき見かける、壁面を貫くタイル貼りのマルチカウンターを、渡邊さんの提案で採用。真ん中はキッチン、窓側は仕事机やドレッサーとして使っている。

窓側から撮影したマルチカウンター、手前がドレッサー兼仕事机、奥がキッチンスペースとなっている

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大きいカウンターの空間を工夫して使う

「去年の11月に引っ越して部屋を買ったんですが、同じ頃に転職をしました。今の会社はコロナ禍でほぼ在宅勤務なので、1日中家にいることが多いんです。そうすると、生活と仕事をきっちり切り分けずに暮らすんですよね。このマルチカウンターのおかげで、自分のペースで料理と仕事ができます」と話す至田さん。

カウンターの向かい側にはクローゼット、洗濯機、無印良品の冷蔵庫が並び、冷蔵庫の上に電子レンジ、向かいにリンナイの4口コンロがある。ご飯は長谷園の土鍋で炊くので炊飯器はない。

「全面タイル張りのカウンターにしたので、壁面にスイッチがあるコンロを選べなかったんです。コンロの手前にスイッチが並ぶ商品は、2口か4口しかなくて、3口欲しいと思っていたので、4口を選びました。上にスイッチがあると使いやすいです」と至田さんは説明する。

リンナイ製の4口のガスコンロ

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マルチカウンターのおかげで、一時置き場がたくさんある点が気に入っているという至田さん。
以前の部屋のキッチンはコンロが別置きで、写真を見た限り、私が前の部屋で使っていたのと同じ幅1800ミリ程度しかなかった。
調理台スペースを確保するため、至田さんはシンクに折り畳み式の水切りをセット。その分シンクは狭くなり、何とか確保した調理台も幅約500ミリ程度しかなかった。
それが今は、シンクの右側、コンロの左側に十分なスペースがあり、間の調理台も幅600ミリと広がった。

「同時並行で複数の料理を作ると、作業途中のモノがいっぱい出てくるじゃないですか。前はダイニングテーブルに置く、シンクに置くなどしていましたが、シンク周りは水がかかりがち。レシピ本を見ながら料理することも多いのですが、本を置く場所にも困っていました。今は一時置き場が何カ所もあるので、ノーストレスです。コンロの左側にもモノが置けるので、前はほとんどしなかった揚げ物を作るようになりました」と、うれしそうに話す。
シンクやコンロの隣にもう少しスペースが欲しい私には、至田さんの感激がよくわかる。

通路幅が750ミリと、1人立ったらちょうどよい狭さも役立っている。調理台の前に立てば、シンクにもコンロにも後ろの冷蔵庫にもすぐ手が届く。ひんぱんに使うモノは、調理台の前の棚にある。だから、調理中に歩く必要がほぼない。

写真中央がシンク、写真左側に調味料やお茶、調理器具がコンパクトに収められている

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「お客さんを呼んだときに、こちらで料理しながら、ダイニングテーブルに座っている相手に気を使わせずにしゃべれるのもいい距離感です。生活空間がきっちり分かれていないダイニングキッチンって、本当によくできていると気づきました」と至田さんは言う。

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欲しかったのは”丁度いい”キッチン

あえてシステムキッチンを選ばなかった理由は、「日本のメーカーにありがちな過剰な機能」が苦手だったから。もともと情報量をできるだけ減らした生活をしたい、と考えていた至田さん、実家が数年前にリフォームし、大手メーカーの高そうなシステムキッチンにしたことから教訓を得た。

「目線の高さに調味料棚があるのに、コンロの隣にもスパイス入れの引き出しがある。収納が多過ぎて死蔵されているモノがいっぱいある。でも、私はあるモノはちゃんと動かしていたいし、存在を忘れているモノは捨てたい。生活の中でちゃんと循環していないのが嫌だったんです」と話す。死蔵品の処分は、片づけのスペシャリストたちがくり返し提案していることでもある。

実は至田さん自身が、前はそうした死蔵品を持っていた。前の部屋ではキッチン下の収納に区切りがなく、「収納がそんなに上手じゃないので、無印良品で買った収納容器の下のほうに、いただきもののお茶や賞味期限が切れた乾物や缶詰などが残っちゃっていたんです。引っ越すにあたり、そうしたモノは全部捨てました」。今の部屋の収納は決して多いわけではないが、必要なモノをしっかり見定めた結果、「むしろ余っている状態」と至田さんは言う。

独立して暮らす経験が長くなると、自分に何が必要で何が不要か、あるいは何が得意で何が不得意かがわかってくる。身の丈に合った暮らしをしないと、回せなくなってしまうのは本当にその通りだ。

カウンター下の収納スペース、収められているものがちゃんと視認できる程度の余裕が保たれている

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今回、カウンター下の収納には可動棚をつけた。排水管も奥に設置したので、シンク下収納も十分に使える棚がある。
「自分で造作すると、『ここに何を置きたいのかな』と、持ち物や生活の仕方をすごく考える。生活動線も見直す。そこを経てのこのキッチンなので、ストレスがないですね。自分が心地いい生活スタイルを見直した結果、料理も好きになる。手づくりのモノには愛着がある、ということと同じかもしれません」と話す。

造作キッチンにして気づいたこと

一つだけ残念なのが、渡邊さんたちが当初、ステンレスを採用したがらなかったこと。
シンクは白にするため人造大理石も検討したが、至田さんがお茶をよく飲むこと、使った食器をしばらくシンクに置いておきがちなことから、汚れがこびりつくかもしれない、と渡邊さんが心配し、ステンレスシンクに薄いガラスの層を被せることでキッチン全体を白で統一し、見た目も美しく整った。ただ、やはり白は汚れやすいのでお手入れは気を遣うという。

全体的には、きめ細かくていねいに作り、予算が少なく済むよう慎重に提案してもらったことに満足しているという。

「それまで2社でプランを提案してもらっていたんですが、ピンと来なくて。かといって設計士の知り合いもいない。誰に頼んだらいいのか考えあぐねていたところ、よく行くカフェで渡邊さんと知り合いました。趣味も合ったんです。収納が少ないのでどうしようか悩んでいたら、棚の上にかごを置くことを提案してくださったりしました」と至田さん。

「今まではしっちゃかめっちゃかなキッチンでもさほど気にしていなかったんですが、やっぱりストレスだった。快適な暮らしの良さに気づかせてもらったのが、一番よかったことです」と話す。

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「映える」だけじゃない、生活に寄り添った工夫ができるのも造作キッチンの魅力

システムキッチンを使っている人からは、決まったパーツの組み合わせなので融通が利かない不便さを聞かされることがある。かといって、雑誌などで紹介されている造作キッチンは料理家など道具や食材を大量に持つ腕自慢の人や、美的なこだわりがたくさんある「映える」事例ばかり。至田さんのキッチンも、ご本人が「おしゃれにしていただいて好きになったから、自分が追いついていきたい」と謙遜するほどステキだ。

しかし、抱えていた悩みを聞くと、賃貸生活が長い私には共感したくなるポイントだらけで、初めて等身大のキッチンを見せてもらった気がしている。
凄腕じゃない、しかし地に足がついた生活者ならではの貴重な話だった。今後も、メーカー取材だけでなく、こだわりのキッチンを導入した人の事例も紹介していきます。お楽しみに!

集合写真:筆者阿古真理、編集者至田玲子さん(左から)

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プロフィール
阿古 真理 
作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。
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