たのしいキッチンmagにて、生活史研究家・作家である阿古真理さんによる新連載を開始します。連載タイトルは「作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー」、阿古さんがご自身の理想のキッチンを手に入れるための情報を、住宅関係事業者やキッチンメーカーに取材する企画です。なんとなくご自宅のキッチンに納得がいっていない方や近い将来キッチンを購入する予定のある方が、本連載を通じてそれぞれの理想のキッチンに出会える手助けになるよう情報を発信していきます。

キッチン探しのきっかけ

当連載は、私の「理想のキッチン探し」プロジェクトの一環である。研究者・作家という職業柄、広さと利便性が必要だが家賃に割ける予算が少ない私は、これまで使いにくいコンパクトキッチンに甘んじてきた。しかし、食文化や家事について執筆をしていくには、便利なキッチンの世界も知るべきなのではないか。料理に目覚めたことも大きい。収納力があり、動線がスムーズで、調理台の高さと広さが適当で、お手入れもしやすい設備を手に入れたい。そしてそうしたキッチンを欲しいのは、何も私だけには限らない。私のキッチン探しで調べることはきっと、日頃不便を感じている人の役にも立つはず、と考えたのである。
当連載では、キッチンの製造や販売に関わるプロたちに取材し、世の中に利便性を工夫したどのようなキッチンが提供されており、そこには開発者や販売者たちのどのような思いがあるのかを聞いていく。

最新トレンドを知る

最初の取材は、キッチンの最新トレンドから。
最近、人気スープ作家の有賀薫さんが、「ミングル」というキッチンとダイニングが合体した設備を開発して自宅に設置し、大きな反響を呼んでいる。テーブルに1口のIHコンロがセットされており、その下に食洗機が内蔵されている。コンロを使っていないときは調理台としても使える。コーナーに小さなシンクと蛇口が設置され、サッと汚れを落とした器を食洗機に入れれば後片付けは終了。テーブルのサイドにはカトラリーが入った引き出しもついていて、ダイニングテーブルにもなる。真上には換気機能のあるペンダントライト。調理から食事、後片付けまで一か所で完結する。有賀さんはもともと、働き盛りで多忙な人も自炊生活を続けられるように、と実験的にミングルを開発・導入したのだが、家事がおっくうになってきたシニア世代にも評判を呼んでいる。
今、自宅のキッチンを公開するYouTuberたちが多く採用し、リノベ雑誌などでよく取り上げるLDKの使い方も、ミングルに通じる。キッチンにダイニングテーブルを横づけし、料理する人と食べる人が同じ空間を共有できるものだからだ。もしかして、これからの時代はこうしたLDKの構成が理想なのか。
驚いたことに、キッチンメーカーも、そうした空間のシェアができる商品を作り始めている。その一つが、キッチンを作り続けて70年のクリナップである。同社が開発したのは、コンパクトなキッチンとダイニングテーブルを一続きにセットできる「HIROMA」。さっそく、クリナップ横浜ショールームを訪ね、開発物語を聞いてきた。

横浜ショールームに展示されているHIROMA

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社内の新規事業としてスタート。家具メーカーとコラボしてキッチンをコミュニケーションの場に

開発に当たった同社リテール事業開発部の石田悦子さんによると、構想のスタートは2015年。新築住宅の着工が縮小していく時代背景もあり、水回り設備以外の新規事業を立ち上げることになったのだ。石田さんはまず、キッチンに親和性があるダイニングを、と発想。「家庭料理は簡素化する傾向がありますが、食事をする場がくつろぐ、家族でコミュニケーションをする場であることは変わらないでしょう。ならば、使うときはキッチンとして、休むときはダイニングとして空間を作れないかと考えました」と話す。
しかし、キッチンメーカーの発想は、既存のものからなかなか発想が飛躍しない。2017、2018年頃になり、家具メーカーの協力を仰ごうといくつかの工場をめぐり、職人によるモノづくり精神に共感を感じた飛騨産業にコラボ事業を持ち掛けた。
飛騨産業の岡田贊三会長は、実家の荒物屋をホームセンターにした実績を見込まれて、飛騨産業の建て直しに成功した業界の有名人だ。「節入りの木材にある味を生かす家具を導入するなど、新しい試みをしてきた方です。企画を話し、『面白そうですね』と快諾していただいたのが、2018年の秋頃だったと思います」と石田さん。

いろいろな使われ方を想定した仕様、フレキシブルなカスタマイズも可能

設置しているコンロは、木部が近いことからガスは使わず縦置き2口のIHを設置。水撥ねしにくいように、シンクの深さを230ミリとかなり深めにした。クリナップがメインで採用しているシンクの深さは、185ミリだ。中に水切り棚やボトルラックをオプションで入れられる。水栓も水撥ねしにくい泡沫タイプで、奥まで伸ばせる引き出しホースつきもオプションで用意されている。素材はマットな質感の人工大理石の黒で、天然木のテーブルと一体感があり、生活感が漂いにくい。

HIROMAのシンクはオプションのトッププレートを使用することでシンクを隠したり、作業台としても活用できる

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オプションの引き出しホース付き水栓

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ただ、シンクの中に水切りかごを置くと、洗っていく際食器などに水がかかってしまうので、IHコンロ上あたりに置いてその都度収納する場所を確保するか、オプションの食洗機を使った方がよいだろう。コンパクトなだけに使い方は工夫が必要だ。
シンク下は、配管キャビネットがあるだけで、引き出しや扉などの収納はついていない。オプションでは食洗機のほかに、キャスター付きの飛騨産業製ワゴン収納もある。ゴミ箱置き場にする、鍋置き台を入れるなど自由にカスタマイズできる。私は個人的にオープンなシンク下があればゴミ箱置き場にできる、と理想形を夢想しているので、こうした取り組みはありがたい。しかし、市販の収納が充実した時代とはいえ、システムキッチンのメーカーがこうした自由度の高い提案をすることは斬新だ。

キャスター付きの飛騨産業製ワゴン収納

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実はワークトップにIHコンロをつけないことも可能で、同社が募集したモニターの中には、アウトドア好きの家族がベランダでアウトドアを楽しむベランピング用に、と2階に洗面として設置したケースがある。配管キャビネットのフロント部分にはコンセントもあるので、別置きのIHを使うなど調理家電置き場にもなる。木部は一点一点飛騨産業の職人が作るので、ある程度のカスタマイズも可能、とかなりフレキシブルな商品である。
同社が商品のテスト販売を始めたのは2019年12月で、コロナ直前だった。モニターを募集したところ、「当初想定していたDINKSや単身者の方々だけでなく、オフィスその他の非住宅に使いたいという応募も多くありました。今まで当社は住宅用の商品しか売ってこなかったので、非住宅は新しい分野でした」と営業を担当する若林寧々さん。参加者は、先にご紹介したベランピング用のほか、二世帯住宅の親世帯のためのサブキッチン、工務店が打ち合わせスペースに設置しパーティで活用する例、貸家のイベントスペース、リゾート施設の宿泊施設である。確かに、長期滞在型の宿泊施設にこれがあると、自炊できて便利そうだ。

販売開始から見えてきた、キッチンでのコミュニケーションの変化

全国に向けてHIROMAの本格販売を始めたのは、2021年10月。現状、工務店や年間数百棟以上を販売するビルダーなどから、問い合わせが多数来ているという。
若林さんは「社内でも、別の試作品で検証したことがあります。すると、料理を待っている人も、隣で作業していると気になるので、皿を用意するなど家事に参加しよう、という気になることがわかりました」と話す。
新商品の開発に当たる佐藤慎之介さんは、「2021年10月の本格販売に合わせて、最初に開発したスタンダードタイプに加え、座って使用いただけるコンパクトタイプも追加しました。テスト販売の中で、幅1350ミリでも大きいという声をいただきましたので(通常の家庭用キッチンの幅は、1800ミリ以上)。シンクも小さくして、水撥ね試験はクリアしていますが、シンクは幅320×奥行き410×深さ120ミリです。スタンダードタイプのシンクの幅は650ミリです」と説明する。

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座って作業できるキッチンは、これまで日本ではあまりなかった。シニアの方など、長時間立っているのが苦痛な人でも、これならラクに調理ができそうだ。
これまで私は、作業スペースの狭さに四苦八苦してきたので広げることしか考えていなかったが、そう遠くない将来、料理が大変に感じるようになるかもしれない。防火・防水が必要なキッチンに、木を使う可能性は今までなかったが、その点に配慮したこのキッチンは落ち着いた印象もある。何より動線が短く、ラクに作業できそうなのがよい。考えても来なかった可能性がここにあった。一つの選択肢として頭に入れておきたい。
また、従来の常識を塗り替える提案により、キッチンの別の可能性が開けてきたことも興味深い。オフィスやホテルなどでも使えるキッチンは、もしかすると手軽に料理できる場面を、世の中に広げていくものかもしれない。
ところで、コンパクトでダイニングと一体化したキッチンを考案したのは、クリナップだけではなかった。次は同様のアプローチを試みている会社を訪ねてみたい。

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集合写真:リテール事業開発部主任佐藤慎之介さん、同部主任石田悦子さん、筆者阿古真理、同部営業担当若林寧々さん(左から)

プロフィール
阿古 真理 
作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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