「わたしは料理が好きだから、料理をする人がもっと増えてほしい。そのために、台所仕事のすべてを伝えるのが私の仕事です」

幼少期にお母さんに頼まれて料理を始めて以来、自炊・外食問わず「食」にのめり込んでいった山口さん。SNSやnoteで外食にまつわる発信を続けていたところ、毎日外食していると勘違いされることが増えてしまいました。

外食と同じくらい自炊も好きだと伝えようとnoteに投稿したのが、「18年間料理を続けてたどり着いた、簡単で続けられる自炊のコツ5つ」。この記事に4,000以上の「いいね」が付く反響を得たのをきっかけに、「自炊のコンテンツは需要が高いのに、発信している人がいないのでは?」と自炊料理家の道を歩み始めます。

自炊を続けるための「一汁一菜」や「週3自炊レシピ」の提案、料理初心者や子どもに向けた「自炊レッスン」をパーソナルとオンラインで開催するほか、食関連の記事執筆や企業から依頼を受けてレシピ開発なども行っています。発信の場は、SNSやnote、YouTubeから書籍まで様々です。

全ての活動において目標としてきたのは、料理をする人を増やすこと。

レシピを教え・教わるだけの料理コンテンツに違和感を持っていた山口さんは、食材の買い方から道具の収納方法まで、台所にまつわるすべてを伝えることを自身の仕事としています。外食やお惣菜、半調理品など、たくさんの選択肢がある中から自炊を選んでもらうには、レシピだけにとどまらない提案が必要だと考えるからです。

「料理って、他の家事と比べてものすごく選択事項が多いと思います。献立作りだったり、賞味期限が切れそうな食材や調味料をどうするかだったり、いろんなことをいろんな角度から考えて、統合的に最善策を出してくわけです。しかも毎日。でも、忙しい現代の生活に合った提案が、まだ足りていないなと思うんです」

友人である発酵デザイナーの小倉ヒラクさんとの会話も、活動を続ける後押しになったといいます。

「都会って土地も狭いし、消費することがメインですよね。だからこそ、家の中でできる生産活動として、麹を作り、醤油や味噌を作るといったDIYブームが起こっているのではないかとヒラクさんが話してくださいました。その流れで自炊する人も増えていくだろうけど、いざお手本を探すと料理のジャンルには先生と呼ばれるような人が多いのが現状。今求められているのは、料理の入り口になってくれる人だと言われて、それならば自分がやろうと思いました」
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きちんとしたレシピを教える「先生」ではなく、自炊の「入り口」のような存在になろうと決めた山口さんが選んだキッチンは、サイズも見た目も収納力も、全てが普通のものでした。

自炊料理家らしいキッチンを探して出会った、築35年の海辺の部屋

「料理家然とした立派なキッチンではなく、わたしが発信する自炊料理に合うキッチンにしたかったんです。美しいキッチンに憧れはありますが、いざ自分の家は?と思った時に真似できないキッチンが多いなと思いました。自分がキッチンを持つなら、誰でも真似できるものにしたいなと思ったんです」

普通のご飯への反響が大きく、自炊料理家となった山口さんだからこそ、キッチンに求める条件も「普通」。
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「料理家という肩書が付くと、憧れの対象になりがちですよね。紹介されるレシピも忙しく働く一般の人から見ると、材料や手順が多くて、帰ってきて15分では作れなさそうなものが多い印象です。わたしは本当に何でもないご飯を紹介しているだけだから、憧れてもらっても仕方ないと思っていて。『これなら自分でもできる』と、なめられたいくらいです(笑)」

自分が発信する自炊料理にふさわしいキッチンを探していたところ、今の部屋と出会い、即決。全体の幅が180センチ、奥行きは55センチで、そのうち作業スペースの幅は50センチというごく一般的なサイズ感のキッチンです。
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収納が潤沢にあり、作業スペースも広々とした立派なキッチンを持つ人は一握り。サイズ、見た目ともに「よくある平均的な感じ」が、山口さんのキッチン選びのこだわりでした。

「自炊料理家のキッチンでは、“よくある感じ”を重視しています。動画やnoteを見てくれる人と同じようなスペックのキッチンから発信される情報の方が、発見が多いし真似しやすいはずです。日本の一人暮らしの狭いキッチンでどう物を収納するかとか、どう作業するかって、実は難題。私のキッチンは極小というほどの狭さでもないですが、小さいスペースでどう工夫するか、その解決策を提示したいんです」

いくつかの物件の中でここに即決した決め手は、キッチンの壁がビニールクロスではなくタイルである点と、窓が多く、陽がたくさん入る点。職業柄、一日の半分ほどはキッチンで過ごし、自宅での撮影も多いため、窓が多く自然光が入ることは必須条件でした。

「キッチンに立つと目の前に窓があって、太陽の向きも含めてこの場所が気に入りました。部屋の設計で、一番最後に考えられたんだろうなと感じるキッチンって意外と多いんですよ。部屋の隅っこにおいやられてるみたいな。それは私のタイプではなくて」

味のある古い物件を探していた中で、キッチンはもちろん、部屋全体から古いながらも丁寧に使われてきた痕跡を感じられた点に惹かれたといいます。
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「古い物件で窓が多いのもあって、外の音がかなり聞こえるんです。子供の声や地域の放送、雨の音なんかも。今まさに蝉の声も聞こえてますけど、家の中にいながら外が感じられるのも、わたしは好きですね。新しい設備でしっかり防音されてしまうと、少し寂しい。キッチンの窓から見える柿の木も、季節の変化を感じられて面白いです」

環境面では、思いついたら行ける距離に海があり、新鮮な魚が手に入ることや、近くに畑を借りられたのが満足度が高いポイント。

「3メートル×3メートルのオーガニックの畑を借りて、無農薬で野菜を育てています。育てる大変さを知るためでもあり、市販のものと自分で作ったものがどれぐらい味が違うのかを比べたかったというのもあります。育ててみると、市販の野菜って安いんだなぁと驚かされます。同時に、自分で作った野菜も意外と劣っていないとも思えました。もぎたてで鮮度が良いから、味の絶対値は関係なくなるというか。育てた喜びもあるし、うまくいかなかった体験も勉強になっています」
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少数精鋭のキッチンツールと器たち。買ったあとに迷子にならないモノ選びとしまい方

キッチンはモノが混在しています。食品なら要冷蔵のものから乾物、調味料。調理道具に掃除道具、さらには形状も用途もバラバラの食器やコップまで。山口さん曰く「どう収納していいかわからなくて当然」です。

この雑多なモノたちをどう厳選し、普通サイズのキッチンにどう収納するのかも、自炊が続くキッチンをつくるために日々伝えていること。

賃貸物件なので、住み始めてからリノベーションやDIYをした部分はありません。調理中、調味料などをすぐに取り出せるように、コンロ下の収納スペースの扉を取ったのが唯一手を加えた部分です。
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キッチンツールや調味料などの日々使う道具は、探す手間・取り出す手間を無くすために、しまい込むより出しておくのが山口さん流。箸類は瓶に立てて収納し、鍋やキッチンツールは壁に吊るしています。

「調味料を全部冷蔵庫にしまっている人もいますが、常温で置いて良いものなら目に見えるところに並べておくほうが、調理中は便利です」
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キッチン正面の窓の手前にある奥行き20センチ、幅1メートルのちょっとしたスペースは、あらゆるモノの一時避難場所として、思った以上に活躍頻度が高い存在。瓶に立てた箸も布巾も食器も、窓の前のこのスペースで天日干しでき、切った野菜をいったん置いておく、なんてシーンにも役立ちます。

ほかの料理家さんのキッチンに比べると、圧倒的に物が少ない山口さんのキッチン。基本的に、同じ用途のアイテムはひとつしか持たないと決めており、ザルもボールもひとつずつで済ませています。

「料理家なのに、フライパンと鍋ですら全部で5つしかありません。この料理を作るならこの道具、この家電、と集めたくなってしまいますが、みんながみんな、シェフのような道具で料理をしているわけではないですからね。道具が少なくても、わたしが日々発信しているだけの献立を作れると証明できれば、自炊をやろうと思う人に勇気を届けられると思うんです」
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冷蔵庫などの家電は中古で購入し、食器の収納棚は500円で譲ってもらったリンゴ箱を組み合わせて自作する一方、鍋は高級鍋に分類される「ストウブ」を愛用。網杓子は100均のものだけれど、トングはこだわって選ぶなど、メリハリを大切にしています。

「全部こだわるとキリがないし、疲れませんか。自分が使いやすい、気に入ったものを日々使い込めばいい。食器も同じで、器は好きですけど、すごく良いなと思うものには滅多に出会わなくて。そんな中でも買った器というのは、どれも頻度高く使っています。高級で線が細い、扱いが難しいような器はほとんど持っていません」

山口さんが考える「日常使いしやすい器」は、深さがあるもの。平皿に分類される器だとしても、ちょっとでも深さがあればたいていのおかずに使えます。
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「日本のおかずって汁気があるものが多いんです。だから深さがあるものを選んでおけば安心だし、いくつも買わなくて済みます」

一度買った器は使い込み、向き合うのが基本。思っていた量を盛りきれなかったり、逆に盛り付けてみて器が大きすぎたりしたときには、まだまだこの器に向き合いきれていないと捉えるのだそうです。

「今は閉店してしまったのですが、よく通っていた西荻窪の骨董屋の店主に『自分が持ってみて何を盛るか思い浮かばない器はまだ早い』と言われたことがあって。迷ったらこの言葉を思い出してみるといいかもしれません」

自炊が続く、ストレスがないキッチンをつくろう

400人以上に「自炊レッスン」をしてきた山口さんが受講者の共通項として挙げたのが、キッチンにモノが多すぎること。(「自炊レッスン」は、現在はコロナ禍で中断し、パーソナルレッスンとオンラインレッスンのみ実施しています)

「わたしは環境問題に興味があるので、無駄買いをしたくないという理由からもともと持ち物が多くありません。調味料や食材のストックもできる限り絞っています。でも皆さん、料理家よりモノが多いです。だから、収納しきれないし、使いこなせない。まずは自分の動線を考えるところから始めましょうとお伝えしています」
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はじめに食材を冷蔵物から取り出し、シンクに移動して袋から出し、洗い、最後にコンロに移動するのが、基本の調理の動線。その際、コンロで使う塩や砂糖が冷蔵庫にあると、行ったり来たりが発生します。

「冷蔵庫での保管が不要な調味料は、コンロの前にあった方が便利です。キッチンツールはたくさんある上に引き出しにしまい込まれていると、迷子になって調理の際に手間取ります。調味料もキッチンツールも、本当に使うものだけを吊るすなり置くなり見えるところに配置してみる。それで一年間やってみて、しまいこんであるツールを使う機会が訪れなければ、処分する判断もできますよね、といったご提案をしています」

ノウハウを知る以前に、自炊が続くキッチンへの第一歩は、キッチンをもっと“自分の空間”と捉えることだと語る山口さん。

「寝室やリビングは整えるのに、キッチンには無頓着な人が多いですよね。引っ越しの時にまとめて買ったキッチンツールを、とりあえず使って、とりあえずしまっている。キッチンを自分の空間にしていくには、認識していないストレスを減らすのが大事だと思います。自分ではなかなか気づかないですが、毎日使っている中で、確実に使いづらいと感じている点があると思います。わたしが取り外したコンロ下の扉のように。それを解決していけば、もっと気持ちがいい空間になるんじゃないかな」

リモートワーク時代だからこそ、仕事と料理を切り分ける。キッチンは、五感がはたらく遊びの場

リモートワークが推奨される状況下で、家で仕事をする時間が増えました。キッチンの一角を仕事場にするケースも耳にしますが、山口さんは料理と仕事は切り分けるのが良いと考えます。

「キッチンは、仕事を忘れて“没頭できる”空間です。だから、せっかくなら仕事は持ち込まず、料理に集中してみてほしい。デスクから離れて立つことに始まり、肉や魚、野菜などの自然物に触れて、水や火、香りなどたくさんの刺激をもらえます。家事というより遊びの感覚が強いんですよね。リフレッシュできる時間と空間にしてほしいです」
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今回、山口さんは、人に見せるためのおしゃれなキッチンでも見栄えの良い料理でもなく、自分の生活と体にあった普通のキッチンと普通の料理の素晴らしさを教えてくれました。

「難しいレシピでなくても、忙しい毎日の中で、時間をかけて自炊するって心と体にとって贅沢なことです」

自宅の環境を充実させる人が増えて、自分だけが取り残されたような気がしてしまいますが、そんなときは山口さんの言葉を思い出してみてください。

無理せず背伸びせず、楽しい自炊を続けるために。自分と家族が気持ちよく過ごせる“等身大”キッチンを考えてみませんか。

【山口祐加さんプロフィール】

1992年生まれ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活動を行う。noteでは現在2.1万人のフォロワーがおり、気軽に始めて楽しく続けるための自炊のコツを発信中。著書に『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。(実業之日本社)』『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活(エクスナレッジ)』がある。

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